理事長・院長挨拶

理事長・院長ご挨拶

理事長就任 ご挨拶

一般財団法人永頼会 松山市民病院
理事長・院長 柚木 茂 

 このたび、令和8年7月より理事長に就任いたしました。あわせて院長も兼任し、病院運営にも引き続き携わることとなりました。
 
 当法人は令和6年に設立60周年を迎え、また当院も本年、開院70周年という大きな節目を迎えます。長年にわたり地域医療を支え続けることができましたのは、地域の皆さまをはじめ、関係機関の皆さま、そして歴代職員の尽力の賜物であり、深く感謝申し上げます。
 
 現在、医療を取り巻く環境は大きな転換期を迎えています。人口構造の変化、人材確保の難しさ、物価高騰など、全国の医療機関がかつてない厳しさに直面しています。地域医療を将来にわたり守っていくためには、医療を提供するだけでなく、その体制そのものを持続可能な形へ整えていくことが重要であると考えております。
 
 そのためには、変化を恐れず、時代に応じた改革を進めていかなければなりません。一方で、70年にわたり地域の皆さまからいただいてきた信頼は、何より大切に守り続けるべき財産です。伝統を受け継ぎながらも、時代の変化に柔軟に対応し、地域の皆さまに安心して医療を受けていただける環境づくりに努めてまいります。
 
 また、開院70周年を機に病院理念を新たにいたしました。「永頼(えいらい)の 医をつなぎゆく このまちに」です。この理念は職員からの公募により決定したもので、愛媛県らしい五・七・五の言葉に、地域とともに歩みながら未来へ医療をつないでいく私たちの思いを込めています。この新しい理念を道しるべとして、職員一丸となり、地域に信頼される医療の継続と発展に努めてまいります。
 
 今後は、地域の医療機関や介護・福祉施設、行政との連携をさらに深め、それぞれの役割を尊重しながら、地域全体で支え合う医療体制の充実に努めてまいります。また、急性期医療から在宅療養支援まで切れ目のない医療を提供できるよう、多職種が連携しながら地域包括ケアの推進にも取り組んでまいります。
 
 これからも、地域に必要とされる病院としての使命を見失うことなく、次の時代へ医療をつないでいけるよう全力を尽くしてまいります。職員一人ひとりが誇りとやりがいを持って働くことのできる病院づくりにも力を注ぎ、地域社会に貢献できる存在であり続けたいと考えております。
 今後ともご支援、ご指導を賜りますようよろしくお願い申し上げます。

 

 

名誉理事ご挨拶

理事長退任 ご挨拶

一般財団法人永頼会 松山市民病院
名誉理事 山本 祐司

 このたび2026年6月をもって一般財団法人永頼会理事長を退任するにあたり、永年に渡りご厚情を賜りました皆様方に心より御礼申し上げます。
 
 私は1973年に岡山大学を卒業後、脳神経外科学を専攻し、研究室生活を経て1979年松山市民病院に赴任しました。当院で浅利正二先生らの指導のもと脳神経外科専門医・学位並びに脳卒中専門医を取得しました。当時導入された最新鋭のCTにて造影剤のボラス静注による脳血管CT造影法(現在の3DCTAの前身)の臨床研究をもとに、浅利先生、貞本和彦先生らと共に脳動脈瘤・モヤモヤ病などの描出に成功し、海外ジャーナルや愛媛新聞に掲載されたことが懐かしい思い出となっています。
 
 その後、故宮田信𠘑理事長・院長より2009年病院長を拝命し2020年まで、また兼任を含め永頼会理事長として2015年から本年まで務めて参りました。7月以降は、柚木茂院長が理事長兼任という形で引き継ぐことになっています。
 振り返りますと1980年代の当院は、松山市の基幹病院として救急・急性期医療や慢性期・がん医療に携わり、団塊世代の医療従事者が中心となり多忙な診療に明け暮れていました。
 1990年~2000年代にはMRIなど各種画像診断が、また治療法は顕微鏡手術や各診療科での内視鏡的治療が発展しました。近年では心臓・脳血管などの血管内インターベンション治療、さらに泌尿器科・呼吸器外科のロボット支援手術も加わり治療方針も多様化しその選択も患者主体となりました。
 また、2011年の東日本大震災以後は免震構造の新S病棟・タワーパーキング・学生実習棟の建て替えとER室整備や電子カルテが導入され、病棟再編が進みました。2017年から職員・地域の子育て支援としてリエール保育園(病児保育含む)が、さらに2020年から交通事故重度後遺障がい者(遷延性意識障がい者)に対する四国唯一のナスバ病床を受託し、活動しています。
 
 一方、診療報酬のマイナス改定が続く中、2020年以降のコロナ禍および物価・賃金上昇や人口減少により、病院は全国的に構造的赤字を抱え、一層の経営改善が必須となりました。本年4月、30年ぶりの診療報酬の大幅値上げによる改善の期待を待ちたいところです。
 
 さて、私自身、2024年にコロナ感染と心筋梗塞に罹患し、その後体力を消耗するようになり、理事長職を辞す一つのきっかけになりました。
 「市民の市民による市民のための」松山市民病院―「萬世永頼」から命名された「永頼会」―「永遠の信頼」を花言葉とする「リエール」が、多くの職員とともに過ごした私の当院での支えとなりました。
 「地域の信頼に応える病院医療の実践」、「治す、支える、癒す、活かす」、「ために、ともに、あらたに」、「サステナビリティ&ウェルビーイング―いのちとこころを大切に」などと掲げたスローガンを懐かしみつつ、退任を決断いたしました。改めまして、長い間のご支援・ご交誼いただきましたすべての皆様に感謝申し上げます。

 

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